人生は金じゃないって言ってる人は、
98%以上が負け惜しみって自分で気づいてないよね。
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僕たちは空気を食べるだけじゃ、
生きられないってのにさ。
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人生は「愛があればいい」って、
確かに私も若い貧乏時代は、
そういった甘い戯言を吠えていた時期がありました。
今ある程度お金を稼げるようになって思うことは..
「やっぱ人生の大半はお金やな」ってのが結論です。
私に妻や子供がいなかったとしたら、
また違う答えになっていたのだと思いますが、
家族を持ってしまったら、お金がないとかなり不便です。
お金がないと「大事なことがそもそもできない」ですから。
直近で言えば息子の中学受験でしょうか?
家庭教師だけで月に6万円かかってますから、
当時の貧乏な私だったら、
一教科分すら払えなかったでしょう。
一応本命私立中学には合格しましたが、
(間違いなくギリギリのすべり込み合格)
これは家庭教師なしでは、
100%無理だったと言ってもいいでしょう。
お金がないって、今までで何回口に出しました?
お金っていわば「酸素」と同じようなもので、
少なければ少ないほど、その酸素の濃度は薄くなります。
日常を普通に生きていると「酸欠」という状態は、
あまり経験することがないかもしれません。
しかしながら我々は常に「金欠」という、
金の酸素が欠乏している状態にあるのです。
その例たる言葉に「お金がない」というセリフがありますね?
この言葉をこれまでに一度も吐いたことがない人がいるなら、
素晴らしいと思いますし、一定以上の資産はすでにお持ちでしょう。
私はおそらく5万回はこの「お金がない」という言葉を、
とにかく狂ったラジオのように繰り返していました。
お金は単にあなたが必要とする、
いろんなものに交換できる「ただの券」です。
ただしその「券」はあなたが思っている以上に、
ものすごく大事なものなんですね。
まず前提として「お金は大切である」
ということを、本気で理解しなくてはいけません。
投資家は何より、種銭がなくなったらジ・エンド
私は投資家ですから、お金は時として
命よりも重たくなることがあります。
それはひとえに、投資家は投資金が枯渇したら、
その時点でゲーム・オーバーになるからです。
起業家であれば自分でビジネスを生み出して、
稼ぎの源泉を作ることは可能です。
しかしながら投資家は、運用に回す種銭が
尽きてしまった時点で、次の投資ができなくなります。
お金が貯まらないという方も多いでしょう。
そういったときは「お金のルール」を、
今一度あなたの中でしっかりと作ってみてください。
私は息子に「借金だけはするな」と、
たぶん週に10回は言っていると思います。
自分は奨学金を借りて、新聞奨学生として、
2年間は新聞を配りながら大学に通っていました。
それでも奨学金をすべて返すことは叶わずに、
大人になってから必死の想いで完済しました。
その後に事業が失敗して、
だいたい2,000万円ぐらいの借金を背負うわけですが..
正直死ぬほどきつかったです。
借金を返すためだけに生きているようなもんですからね。
借金をするぐらいなら、死んだほうがマシ
だからあなたが仮に借金があるのならば、
それはなんとしてでも最優先に返済しないとダメです。
まず借金があるという時点で、
感情面や精神面で大きなハンデを背負いながら、
日常の業務をこなしていかないといけません。
それだけでもかなりのハードな人生ゲームになります。
我々は「使命」を持って生まれてきていますから、
その使命を、たかが借金程度で忘れかけてしまうのは、
あまりにももったいないと思いませんか?
もちろん、あなたにはあなたの使命が必ずあります。
その使命を全うするために、
一定以上のお金が必要なときが必ずきます。
それは明確に「いつになるか」はわかりません。
ただ「必ずくる」ということだけしか現時点では言えません。
私たちは毎日のストレスを抱えて生きていますから、
特にお金が入ったときは、開放的に刹那的に
浪費をしてお金を使いたくなります。
でもそんなときは..
「これって自分に本当に必要なものなのか?」
ということを問いかけてみてください。
刹那的な浪費は、空しい思い出しか残らない
言い換えると、あなたの使命にそっていないことには、
あまりお金を使わないほうがいいのです。
使命に近づかないようなものに、
昔の私のように女遊びと酒とタバコに使っていたら、
それはまったく生きている意味がないのです。
確かに「当時は楽しかった」という記憶は残ります。
女の香水の残り香、首筋のキスマーク、
どこか甘ったるいノースリーブを着た
茶髪のセミロングの女のうなじ..
こういう思い出の断片だけは残っても、
それは単に空しいだけなのです。
お金をしっかりと貯める体質になると、
お金そのものが9割近くの問題を解決してくれることに、
体感として感じることができるようになります。
自分自身の問題はもちろんのこと、
あなたの家族とか、大切にしている人の
問題もパチっとクリアにすることができます。
最終的には「あなたが救いたい人」も、
助けることができるのです。
これは何もケチケチして毎日節約して、
つつましく質素に生きろという意味ではありません。
たまには女を出して、酒に溺れて、
自分が着たい洋服に散財したっていいのです。
ただ..あるときにふっと冷静になって、
今日の話を思い出してみてください。
「百円でも多くの金額を、
いつかわかる使命のために貯めていくほうが楽しい」
それにあなたは気がつくはずです。